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EURO終了後
4年に一度の祭典 UEFA EURO2008も無事終わりました。
今回は、中盤に少々波乱があったものの、結局は大方の予想通りスペインの優勝で幕を閉じた
さて、ではEURO終了後の進路について書いてみましょう。
Aグループ
スイス→クーン監督が契約満了に伴い退任、後任はバイエルン前監督のヒッツフェルト
ポルトガル→スコラーリが退任しチェルシーの監督に就任、後任は選考中
デコがチェルシー移籍、右SBのボジングワも同じくチェルシーへ
トルコ→テリム監督が契約満了、しかし新たに2年契約を締結しW杯終了まで
GKルシュトウが代表引退
チェコ→ブリュックナー監督が契約満了、後任はポポルスキーかスミチェル
DFウィファルシがA・マドリーへ移籍
Bグループ
ドイツ→レーブ監督は続投、ポドルスキーがバイエルンでの待遇に不満を漏らす
ポーランド→ベーンハッカー監督が辞任
オーストリア→ヒッケルスベルガー監督辞任
クロアチア→ビリッチ監督の評価がより一層高まる
Cグループ
オランダ→ファン・バステン契約満了に伴い退任、古巣アヤックスの監督就任
代表監督には現フェイエノールト監督のファン・マルバイクが就任決定
DFヘイティンガがA・マドリーへ、MFエンヘラールがPSVへ
GKファン・デルサールが代表引退
ルーマニア→ビトゥルカ監督が解任、後任は未定
イタリア→ドナドーニ監督解任 後任はマルチェロ・リッピが就任
フランス→ドメネク監督の続投が決定、テュラム、マケレレ、クペの3人が代表引退
テュラムがバルサとの契約満了、PSG移籍が内定していたが、心臓疾患が見つかり
現在現役続行か引退かの瀬戸際
Dグループ
スペイン→アラゴネス監督が契約満了で退任、トルコのフェネルバフチェ監督就任が噂に
後任は元レアル監督のビセンテ・デルボスケが内定
ロシア→ヒディングの評価がますます高まる、FWアルシャヒンがバルサ移籍を熱望
アルシャヒンの所属するゼニトはメッシー+55億円を希望したと言う
スウェーデン→ラガーベック監督辞任、後任は未定
MFリュングベリが代表引退、GKイサクションがPSVへ移籍
ギリシャ→レーハーゲル監督続投、ハリステアス、ギルギアコス、デラスらベテランが
代表引退
おおまかにわかっている段階でこういう感じです。
最後に移籍噂情報について
ロナウジーニョはマンチェスター・Cへ移籍を拒否、現在残留かチェルシー・ミランへの移籍を検討
ランパードがインテル移籍が決定と地元新聞で報道、移籍金18億4年契約で総額51億円と
バルサがエトーとトレセゲのトレードを画策
ドログバはインテル移籍を拒否、希望はレアルかバルサ
ダニエウ・アウベスがセビージャからバルサへ移籍、移籍金50億円
アーセナルがアデバヨールのオファーを拒否、そのオファーはバルサで55億円だったとみられる
今回は、中盤に少々波乱があったものの、結局は大方の予想通りスペインの優勝で幕を閉じた
さて、ではEURO終了後の進路について書いてみましょう。
Aグループ
スイス→クーン監督が契約満了に伴い退任、後任はバイエルン前監督のヒッツフェルト
ポルトガル→スコラーリが退任しチェルシーの監督に就任、後任は選考中
デコがチェルシー移籍、右SBのボジングワも同じくチェルシーへ
トルコ→テリム監督が契約満了、しかし新たに2年契約を締結しW杯終了まで
GKルシュトウが代表引退
チェコ→ブリュックナー監督が契約満了、後任はポポルスキーかスミチェル
DFウィファルシがA・マドリーへ移籍
Bグループ
ドイツ→レーブ監督は続投、ポドルスキーがバイエルンでの待遇に不満を漏らす
ポーランド→ベーンハッカー監督が辞任
オーストリア→ヒッケルスベルガー監督辞任
クロアチア→ビリッチ監督の評価がより一層高まる
Cグループ
オランダ→ファン・バステン契約満了に伴い退任、古巣アヤックスの監督就任
代表監督には現フェイエノールト監督のファン・マルバイクが就任決定
DFヘイティンガがA・マドリーへ、MFエンヘラールがPSVへ
GKファン・デルサールが代表引退
ルーマニア→ビトゥルカ監督が解任、後任は未定
イタリア→ドナドーニ監督解任 後任はマルチェロ・リッピが就任
フランス→ドメネク監督の続投が決定、テュラム、マケレレ、クペの3人が代表引退
テュラムがバルサとの契約満了、PSG移籍が内定していたが、心臓疾患が見つかり
現在現役続行か引退かの瀬戸際
Dグループ
スペイン→アラゴネス監督が契約満了で退任、トルコのフェネルバフチェ監督就任が噂に
後任は元レアル監督のビセンテ・デルボスケが内定
ロシア→ヒディングの評価がますます高まる、FWアルシャヒンがバルサ移籍を熱望
アルシャヒンの所属するゼニトはメッシー+55億円を希望したと言う
スウェーデン→ラガーベック監督辞任、後任は未定
MFリュングベリが代表引退、GKイサクションがPSVへ移籍
ギリシャ→レーハーゲル監督続投、ハリステアス、ギルギアコス、デラスらベテランが
代表引退
おおまかにわかっている段階でこういう感じです。
最後に移籍噂情報について
ロナウジーニョはマンチェスター・Cへ移籍を拒否、現在残留かチェルシー・ミランへの移籍を検討
ランパードがインテル移籍が決定と地元新聞で報道、移籍金18億4年契約で総額51億円と
バルサがエトーとトレセゲのトレードを画策
ドログバはインテル移籍を拒否、希望はレアルかバルサ
ダニエウ・アウベスがセビージャからバルサへ移籍、移籍金50億円
アーセナルがアデバヨールのオファーを拒否、そのオファーはバルサで55億円だったとみられる
スペインの躍進
EURO決勝まで、あと5時間を切りました。いよいよ決まってしまうんです
4年に一度、サッカーファンにとって最高レベルの大会が見れる
その最高のチームが決まってしまう。
ドイツについてはまったくの予想通り、クリンスマン政権時代ずっと
アシスタントコーチとして、各クラブを視察し、各クラブの監督及び首脳陣と
情報交換を綿密にしパイプを作ってきたレーブ監督、よって選考されたメンバーに
疑問符がつくことはなかった、順当に予想通りのメンバー選出であり
ドイツについては今更触れるまでもない
しかしスペインについては、予想で優勝候補に挙げるマスコミもあったが
ここまで躍進するとは思ってもいなかっただろう、ではなぜここまで躍進したか
それについて触れてみたい。
まず真っ先に挙げられるのが、ラウール待望論である。
昨季のリーガ終盤戦からものの見事に復活を遂げ、今季はその好調さを
維持したままチームを引っ張り、スペイン人2位の得点を挙げチームの
リーグ優勝に大きな貢献を果たした。
しかしアラゴネス監督はラウールを選出しなかった、得点ランク2位のラウールより
チーム内がバラバラだったバレンシアのビジャや、プレミアリーグで
大きく変貌を遂げたF・トーレス、リーグ得点王でマジョルカのグイサ
そして2部降格のセルヒオ・ガルシアを選出した。
このうち、セルヒオ・ガルシアはセカンドアタッカーであり、中盤の選手
よってFWは3枚と言うことになったが、これについて国内外のメディアから
大きな疑問を投げかけられた。
しかしそれが逆にチームに大きな団結力を生んだ、そう2年前のドイツW杯
優勝したイタリア、準優勝のフランスを思い出して欲しい。
イタリアは不正疑惑により、大きく評判を落としたし、フランスは予選落ちの
危機にジズーらを呼び戻し、なんとか予選通過
つまりそういう負のイメージがあると、逆にそれをバネとして調子があがることがある。
過去の大会を見ても同様、昨年の覇者ギリシャは前評判では
予選落ちが叫ばれていたが、グループリーグでポルトガルを破り勢いにのった
W杯では94年アメリカ大会では、ブラジル代表は予選をギリギリで勝ち抜き
グループリーグでも、ライーの絶不調にレオナルドの肘打ち問題等
イタリア代表は監督と選手の軋轢、98年では優勝したフランス代表
テストマッチは全て惨敗といった具合に、何か問題が発生しそれを逆襲する
実例がある。
ただ、それを生かすも殺すも選手次第である、例えば94年大会では
アルゼンチン代表がマラドーナのコカイン疑惑による追放で惨敗
98年ではブラジル代表が、ロナウドの体調不良で惨敗
EUROに限って言えば、イングランドはポルトガルとの準々決勝で
ルーニーの非紳士的行為で一発退場が響き、PK戦でGKの読みが
1つも当たらないという
こういう実例もある、つまり負を生かすも殺すも宣し次第である。
またもう一つの要因として、リーグ戦が開幕戦の20日前まであったことで
選手の試合勘がそれほど失われずに済んだことも要因の一つだろう
更に、中盤を厚くしゲームメーカーを並べたことで、どこからでもゲームの組み立てが
出来ることも要因のひとつである。
しかしこれがずっと続くとは思えない、決勝はそれまでの雰囲気を大きく違う
前回大会でもポルトガルが絶対有利の中、ギリシャの一発セットプレーに
沈むなど、そのプレッシャーは絶大である。
このプレッシャーに打ち勝った方が勝つでしょう
4年に一度、サッカーファンにとって最高レベルの大会が見れる
その最高のチームが決まってしまう。
ドイツについてはまったくの予想通り、クリンスマン政権時代ずっと
アシスタントコーチとして、各クラブを視察し、各クラブの監督及び首脳陣と
情報交換を綿密にしパイプを作ってきたレーブ監督、よって選考されたメンバーに
疑問符がつくことはなかった、順当に予想通りのメンバー選出であり
ドイツについては今更触れるまでもない
しかしスペインについては、予想で優勝候補に挙げるマスコミもあったが
ここまで躍進するとは思ってもいなかっただろう、ではなぜここまで躍進したか
それについて触れてみたい。
まず真っ先に挙げられるのが、ラウール待望論である。
昨季のリーガ終盤戦からものの見事に復活を遂げ、今季はその好調さを
維持したままチームを引っ張り、スペイン人2位の得点を挙げチームの
リーグ優勝に大きな貢献を果たした。
しかしアラゴネス監督はラウールを選出しなかった、得点ランク2位のラウールより
チーム内がバラバラだったバレンシアのビジャや、プレミアリーグで
大きく変貌を遂げたF・トーレス、リーグ得点王でマジョルカのグイサ
そして2部降格のセルヒオ・ガルシアを選出した。
このうち、セルヒオ・ガルシアはセカンドアタッカーであり、中盤の選手
よってFWは3枚と言うことになったが、これについて国内外のメディアから
大きな疑問を投げかけられた。
しかしそれが逆にチームに大きな団結力を生んだ、そう2年前のドイツW杯
優勝したイタリア、準優勝のフランスを思い出して欲しい。
イタリアは不正疑惑により、大きく評判を落としたし、フランスは予選落ちの
危機にジズーらを呼び戻し、なんとか予選通過
つまりそういう負のイメージがあると、逆にそれをバネとして調子があがることがある。
過去の大会を見ても同様、昨年の覇者ギリシャは前評判では
予選落ちが叫ばれていたが、グループリーグでポルトガルを破り勢いにのった
W杯では94年アメリカ大会では、ブラジル代表は予選をギリギリで勝ち抜き
グループリーグでも、ライーの絶不調にレオナルドの肘打ち問題等
イタリア代表は監督と選手の軋轢、98年では優勝したフランス代表
テストマッチは全て惨敗といった具合に、何か問題が発生しそれを逆襲する
実例がある。
ただ、それを生かすも殺すも選手次第である、例えば94年大会では
アルゼンチン代表がマラドーナのコカイン疑惑による追放で惨敗
98年ではブラジル代表が、ロナウドの体調不良で惨敗
EUROに限って言えば、イングランドはポルトガルとの準々決勝で
ルーニーの非紳士的行為で一発退場が響き、PK戦でGKの読みが
1つも当たらないという
こういう実例もある、つまり負を生かすも殺すも宣し次第である。
またもう一つの要因として、リーグ戦が開幕戦の20日前まであったことで
選手の試合勘がそれほど失われずに済んだことも要因の一つだろう
更に、中盤を厚くしゲームメーカーを並べたことで、どこからでもゲームの組み立てが
出来ることも要因のひとつである。
しかしこれがずっと続くとは思えない、決勝はそれまでの雰囲気を大きく違う
前回大会でもポルトガルが絶対有利の中、ギリシャの一発セットプレーに
沈むなど、そのプレッシャーは絶大である。
このプレッシャーに打ち勝った方が勝つでしょう
EURO決勝直前
いよいよEUROも残すところ、決勝を残すのみとなりました。
対戦カードは大方の予想を覆し、ドイツvsスペインとなりました。
スペインが勝てば、44年ぶり2度目の栄冠、ドイツが勝てば12年ぶり4度目(西ドイツ時代含む)の
栄冠となる、ではここで両国の優勝を決めた試合を振り返ってみます
まずは、EUROが始ったのは1960年、当時のフランス・サッカー協会の事務局だったアンリ・ドロネーが提唱した。残念ながらドロネー自身は、大会を目の当たりにすることなくその5年前に
他界されたが、その名は優勝カップの名に刻まれ、記念すべき第1回大会は彼の故国・
フランスで開催されることとなった。
そして初代王者はソ連(現ロシア)である、GKとして唯一バロンドール(欧州最優秀選手)を
獲得した レフ・ヤシンがゴールマウスを守っていた。
そのヤシンの牙城を破ったのが、母国開催だったスペインである。
10年前「マジック・マジャール」と呼ばれ、W杯に旋風をまきこしたハンガリーだが
内乱によりチームは崩壊、多数の選手が身の危険に晒され、他国に亡命が相次いだが
それでも往年の選手が残っており、最後までスペインを苦しめた。
その苦しみを勝ち抜いたスペインを待ち受けたのが前回大会覇者のソ連、雷雨の中の試合は
前半開始早々に両チーム1点ずつを挙げたが、なかなか使い点を挙げられず
延長突入直前、スペインに決勝ゴールが生まれ初栄冠を飾った。
それ以降は
1968 - 予選敗退
1972 - 予選敗退
1976 - 予選敗退
1980 - ベスト8
1984 - 準優勝
1988 - ベスト8
1992 - 予選敗退
1996 - ベスト8
2000 - ベスト8
2004 - 1次リーグ敗退
84年の準優勝を除けばベスト8の壁を破れてなかった、つまり決勝進出したのは24年ぶりである。
一方ドイツはEUROではめっぽう強い、過去最多の3度優勝を経験しているが、最後の優勝は
96年のイングランド大会、開催国のイングランドはちょうどピークを迎えていた
アラン・シアラー、ポール・ガスコイン、テディ・シェリンガムなど、そうそうたるメンバーで
初戦スイスと引き分けたものの、優勝候補オランダを4−1、スコットランドを2−0で破り
決勝トーナメントへ、相手はスペインで両国ともスーパープレーの応酬だったが
結局ゴールは割れずPKでスペインを破り、準決勝へ
その頃ドイツはグループリーグで、チェコ、ロシアを圧倒的強さで粉砕、消化試合のイタリア戦を
ドローで乗り切り決勝トーナメントへ、その相手は2年後フランス大会3位に入るクロアチア
ボバン、スーケル、プロシネツキらを要すクロアチアに苦しめられながらもなんとか破り
準決勝で開催国イングランドと激突
スタジアムはサッカーの聖地 ウェンブリースタジアムだった。
7万を超える観衆を集め、絶対的アウェー環境の中、開始早々シアラーの先制されるが
10分後にマーク受け渡しのミスにより、同点に追いつく。
両国とも凌ぎを削り、かすかなミスも許されない緊迫した試合、結局120フルタイムで
決着がつかずPK、こちらも5人ずつ蹴って全員が成功、大観衆の後押しのある
イングランド有利かと思ったサドンデスの6人目CBのサスゲートが外し、勝負がついた
疲弊したドイツを救ったのが移動がなかったこと、同じスタジアムで決勝を開催したため
ドイツは休養が取れ、迎え撃つは若きジダンがいるフランスをPKの末破った
伏兵チェコ、開幕戦で一度対戦し、2−0で破ってはいたが、チェコはグループリーグでの
対戦を見直し、先行逃げ切りを図った。
当時リバプールで活躍していた、ベルガーの先制点でチェコが理想どおり先制
しかしドイツは途中出場のオリバー・ビアホフが奇跡の同点ヘッドを決め振り出しに戻る
その後も果敢に攻めるがチェコの鋭いカウンターになかなか巧妙を見出せず延長戦へ
この頃日本のJリーグで流行っていたVゴール方式を初採用した、この大会
決着がついたのはそのVゴール、決めたのはまたしてもビアホフ(当時ミラン所属 現代表コーチ)
こうして3度目の栄冠を手にした。
さて両国の前回優勝した試合を振り返ってみましたが、スペイン代表で当時の優勝を知るのは
監督のアラゴネスのみ、一方ドイツは移民系のポドルスキーやクローゼ、帰化したゴメスや
オドンコールを除く、ほとんどが知っている。
この差がどう影響するか、勝利の女神はどちらに微笑むか注目です
対戦カードは大方の予想を覆し、ドイツvsスペインとなりました。
スペインが勝てば、44年ぶり2度目の栄冠、ドイツが勝てば12年ぶり4度目(西ドイツ時代含む)の
栄冠となる、ではここで両国の優勝を決めた試合を振り返ってみます
まずは、EUROが始ったのは1960年、当時のフランス・サッカー協会の事務局だったアンリ・ドロネーが提唱した。残念ながらドロネー自身は、大会を目の当たりにすることなくその5年前に
他界されたが、その名は優勝カップの名に刻まれ、記念すべき第1回大会は彼の故国・
フランスで開催されることとなった。
そして初代王者はソ連(現ロシア)である、GKとして唯一バロンドール(欧州最優秀選手)を
獲得した レフ・ヤシンがゴールマウスを守っていた。
そのヤシンの牙城を破ったのが、母国開催だったスペインである。
10年前「マジック・マジャール」と呼ばれ、W杯に旋風をまきこしたハンガリーだが
内乱によりチームは崩壊、多数の選手が身の危険に晒され、他国に亡命が相次いだが
それでも往年の選手が残っており、最後までスペインを苦しめた。
その苦しみを勝ち抜いたスペインを待ち受けたのが前回大会覇者のソ連、雷雨の中の試合は
前半開始早々に両チーム1点ずつを挙げたが、なかなか使い点を挙げられず
延長突入直前、スペインに決勝ゴールが生まれ初栄冠を飾った。
それ以降は
1968 - 予選敗退
1972 - 予選敗退
1976 - 予選敗退
1980 - ベスト8
1984 - 準優勝
1988 - ベスト8
1992 - 予選敗退
1996 - ベスト8
2000 - ベスト8
2004 - 1次リーグ敗退
84年の準優勝を除けばベスト8の壁を破れてなかった、つまり決勝進出したのは24年ぶりである。
一方ドイツはEUROではめっぽう強い、過去最多の3度優勝を経験しているが、最後の優勝は
96年のイングランド大会、開催国のイングランドはちょうどピークを迎えていた
アラン・シアラー、ポール・ガスコイン、テディ・シェリンガムなど、そうそうたるメンバーで
初戦スイスと引き分けたものの、優勝候補オランダを4−1、スコットランドを2−0で破り
決勝トーナメントへ、相手はスペインで両国ともスーパープレーの応酬だったが
結局ゴールは割れずPKでスペインを破り、準決勝へ
その頃ドイツはグループリーグで、チェコ、ロシアを圧倒的強さで粉砕、消化試合のイタリア戦を
ドローで乗り切り決勝トーナメントへ、その相手は2年後フランス大会3位に入るクロアチア
ボバン、スーケル、プロシネツキらを要すクロアチアに苦しめられながらもなんとか破り
準決勝で開催国イングランドと激突
スタジアムはサッカーの聖地 ウェンブリースタジアムだった。
7万を超える観衆を集め、絶対的アウェー環境の中、開始早々シアラーの先制されるが
10分後にマーク受け渡しのミスにより、同点に追いつく。
両国とも凌ぎを削り、かすかなミスも許されない緊迫した試合、結局120フルタイムで
決着がつかずPK、こちらも5人ずつ蹴って全員が成功、大観衆の後押しのある
イングランド有利かと思ったサドンデスの6人目CBのサスゲートが外し、勝負がついた
疲弊したドイツを救ったのが移動がなかったこと、同じスタジアムで決勝を開催したため
ドイツは休養が取れ、迎え撃つは若きジダンがいるフランスをPKの末破った
伏兵チェコ、開幕戦で一度対戦し、2−0で破ってはいたが、チェコはグループリーグでの
対戦を見直し、先行逃げ切りを図った。
当時リバプールで活躍していた、ベルガーの先制点でチェコが理想どおり先制
しかしドイツは途中出場のオリバー・ビアホフが奇跡の同点ヘッドを決め振り出しに戻る
その後も果敢に攻めるがチェコの鋭いカウンターになかなか巧妙を見出せず延長戦へ
この頃日本のJリーグで流行っていたVゴール方式を初採用した、この大会
決着がついたのはそのVゴール、決めたのはまたしてもビアホフ(当時ミラン所属 現代表コーチ)
こうして3度目の栄冠を手にした。
さて両国の前回優勝した試合を振り返ってみましたが、スペイン代表で当時の優勝を知るのは
監督のアラゴネスのみ、一方ドイツは移民系のポドルスキーやクローゼ、帰化したゴメスや
オドンコールを除く、ほとんどが知っている。
この差がどう影響するか、勝利の女神はどちらに微笑むか注目です
オランダ躍進について
今日はオランダの躍進について書いていきます。
まず戦前の予想では、グループCでは3番手だった。
しかしいざ試合が始ってみるとどうであろう、イタリア・フランス相手に圧勝とか
では、なぜオランダがここまで強いのか、まずはシステムの変更が大きなポイントだろう
オランダは伝統で4−3−3であった。3人のFWに中盤が3人、ディフェンスが4人
確かにオランダは多くのウィンガーを排出している、現役ではロッベン、ファン・ペルシー
バベル、ファンデル・ファールト、しかしW杯ドイツ大会を見ればわかるよう
伝統だけあって、研究され尽くしている、特にCFの出来栄えが悪い場合
両ウィングが中に切れ込むことが多く、CFと重なるパターンが多い
しかし今回は予選での結果が思わしくなく、選手と話し合いを重ねた結果
システムを4−5−1に変更、つまりCFのファン・ニステルローイを1トップにし
その後にカイト、ファンデル・ファールト、スナイデルと3人を並べる。
システム的にはそれほど代わり映えないように思うが、実際は両サイドの選手が
やや下がり目になることで、前線に大きなスペースが生まれる。
またニステルローイも両サイドが空いているため、自由に動ける。
そしてロッベンやファン・ペルシーと言った、スピード選手にとってはトップスピードに
乗った状態でエリア付近へ行ける為、両ウィングから切り崩しが出来ている。
これが大きな要因だが、もう一つはボランチの2人デ・ゼーウとエンゲラール
どちらも国内リーグでプレーする2人だが、エンゲラールは196cmと長身ながら
ボール捌きがやたらうまい、デ・ゼーウは174cm小柄だがスピードがあるため
早めに相手に体を預けられる、この2人が攻撃を遅らせ、両ウィングが戻ってくる
時間を稼ぐことが出来るためである。
最後に監督と選手の軋轢解消、ファン・バステン監督とW杯終了後軋轢が生まれた。
W杯の出来栄えが悪かったため、それを選手の調子が悪かったと言う事で
セードルフ、ファン・ボメル、フン・ニステルローイらが召集外となった。
しかしいざ切ってみると、得点力欠乏症に陥り、期待されたアヤックスのフンテラールが
大スランプに陥る、それがチーム全体に蔓延してしまう。
更にはオランダの英雄 ヨハン・クライフから代表へ痛烈な批判が届くことになり
協会にもプレッシャーがかかる。
だがファン・バステンは断固として、自分の考えを貫くがテストマッチで思うような結果が
得られず、このままでは予選を勝ち抜けないと判断、そうしているうちに
切ったニステルローイらがクラブで活躍を見せる、こうなってしまった以上は致し方ない
ファン・バステンは切った選手の所属するチームへ赴き、練習終了後まずは
自分の非を認め謝罪、そのうえでもう一度代表復帰をお願いした。
ファン・ボメルは理解は示したが代表復帰は拒否、セードルフは選出されたが
やはりソリが合わずチームに迷惑がかかるのを恐れ辞退と、色々あったが
それが逆に功を奏し、躍進へとつながった。
まず戦前の予想では、グループCでは3番手だった。
しかしいざ試合が始ってみるとどうであろう、イタリア・フランス相手に圧勝とか
では、なぜオランダがここまで強いのか、まずはシステムの変更が大きなポイントだろう
オランダは伝統で4−3−3であった。3人のFWに中盤が3人、ディフェンスが4人
確かにオランダは多くのウィンガーを排出している、現役ではロッベン、ファン・ペルシー
バベル、ファンデル・ファールト、しかしW杯ドイツ大会を見ればわかるよう
伝統だけあって、研究され尽くしている、特にCFの出来栄えが悪い場合
両ウィングが中に切れ込むことが多く、CFと重なるパターンが多い
しかし今回は予選での結果が思わしくなく、選手と話し合いを重ねた結果
システムを4−5−1に変更、つまりCFのファン・ニステルローイを1トップにし
その後にカイト、ファンデル・ファールト、スナイデルと3人を並べる。
システム的にはそれほど代わり映えないように思うが、実際は両サイドの選手が
やや下がり目になることで、前線に大きなスペースが生まれる。
またニステルローイも両サイドが空いているため、自由に動ける。
そしてロッベンやファン・ペルシーと言った、スピード選手にとってはトップスピードに
乗った状態でエリア付近へ行ける為、両ウィングから切り崩しが出来ている。
これが大きな要因だが、もう一つはボランチの2人デ・ゼーウとエンゲラール
どちらも国内リーグでプレーする2人だが、エンゲラールは196cmと長身ながら
ボール捌きがやたらうまい、デ・ゼーウは174cm小柄だがスピードがあるため
早めに相手に体を預けられる、この2人が攻撃を遅らせ、両ウィングが戻ってくる
時間を稼ぐことが出来るためである。
最後に監督と選手の軋轢解消、ファン・バステン監督とW杯終了後軋轢が生まれた。
W杯の出来栄えが悪かったため、それを選手の調子が悪かったと言う事で
セードルフ、ファン・ボメル、フン・ニステルローイらが召集外となった。
しかしいざ切ってみると、得点力欠乏症に陥り、期待されたアヤックスのフンテラールが
大スランプに陥る、それがチーム全体に蔓延してしまう。
更にはオランダの英雄 ヨハン・クライフから代表へ痛烈な批判が届くことになり
協会にもプレッシャーがかかる。
だがファン・バステンは断固として、自分の考えを貫くがテストマッチで思うような結果が
得られず、このままでは予選を勝ち抜けないと判断、そうしているうちに
切ったニステルローイらがクラブで活躍を見せる、こうなってしまった以上は致し方ない
ファン・バステンは切った選手の所属するチームへ赴き、練習終了後まずは
自分の非を認め謝罪、そのうえでもう一度代表復帰をお願いした。
ファン・ボメルは理解は示したが代表復帰は拒否、セードルフは選出されたが
やはりソリが合わずチームに迷惑がかかるのを恐れ辞退と、色々あったが
それが逆に功を奏し、躍進へとつながった。
フランス代表の低迷
グループC フランスがわずか勝ち点1 得点もわずかに1で敗退が決まりましたが
その低迷についてについて説明します。
<フランス代表>
フランス代表の低迷は、やはりゲームメーカーの不在と中盤のフィルター不足
最終ラインの不安定さと選手選択ミスが挙げられます。
まずゲームメーカー不在については、ジダンが引退しその後をリベリーが継ぐ形で
収まったかのように思えた、しかしこれについては予選の段階から予想がついた。
リベリーは中央よりもサイドで生きるタイプ、C・ロナウドのようなウィングタイプであって
ゲームメーカーではない、つまりイタリア代表ピルロのように、中盤でタメを作って
スルーとかロングフィードをするタイプではなく
自ら切れ込み、マークを引きつれボールを渡すタイプ、一方フランス代表のFW
アンリとアネルカはスペースに走りこむタイプ、ゴミスとベンゼマはクロスを待つタイプ
オランダ戦のアンリのゴールを見ればわかるが、アンリは前方にスペースがあって生きるタイプ
だからサニョルからの低いクロスを完璧に決めた、あれこそアンリの得意パターン!
アーセナル時代はあれで得点を稼いでいた。
つまりジズー(ジダンの愛称)は中盤でタメも作れ、自ら切れ込むことも出来る万能型だった
ゆえにフランス代表は98年と2000年のEUROを制覇できた。
では、最もジズーに近いのは?マルセイユのナスリ しかし国際経験に乏しく
大舞台でその能力を100%発揮するには役不足だった。
しかもイタリア戦では投入後即交代とか不可解な采配に振り回された。
中盤のフィルター不足については、最も適役のビエイラがケガで全試合欠場
マケレレは潰し屋であって、つなぎ役としてのプレーは出来ず、唯一そのプレーが出来るのは
アーセナルからミランに移籍が決定したフラミニである、しかしビエイラがケガで絶望的にも
関わらず、ドメネクは回復を待った、そのおかげで中盤がスカスカ
最終ラインの不安定、ガラスの出来栄えはまずまずだったが、テュラムとアビダルの出来が最悪
これはバルサでのプレーを見ればすぐにわかるはず、テュラムは全盛期ほどのスピードもなく
振り切られることが多々あった、更には判断力も1テンポ遅いため、再三FWの進入を
許した、特に圧巻だったのがオランダ戦後半の2点目、3点目
ロッベンのスピードについていけず、きれいなクロスを上げられ、3点目は体を入れるのが
1テンポ遅れた、判断力の遅さが招いた失点、これを見抜けなかった
アビダルもリヨン時代よりカバーリングが遅く、また不容易なタックルがリーグでもしばしば
更に守護神クペの出来も最悪、マルセイユのマンダンダやフィオレンティーナのフレイを
使った方がまだマシだった、クペはケガで3月に復帰したばかりで感覚も
判断速度も著しく低下していた。
最後にドメネク監督における選手選択ミス、アンリはまあしょうがないとしても
アネルカはわからない、アネルカ自身はアンリとタイプが重なる
しかもチェルシーに移籍したが、わずかに1得点だけ、しかもCL決勝でPKを
読まれるなど、バイオリズムはどん底、ならばセリエA得点王のトレセゲや
ウィンガーのジュリーもいたのに選択しなかった、また選手交代も後手後手に
回るなど、最後まで流れを読めなかった、全ては監督の責任でしょう
優勝を期待していた協会にとってはショックでしょう、成績も得点も勝ち点も1と言う
最悪な結果、ドメネクをこれ以上引っ張ってもしょうがない、ここはスッパリ諦め
デシャンを新監督に据え、W杯制覇に向けて動いた方が未来は明るいと思う。
最後に裏話で、ジュリーの落選は占いの相性が悪いと言うのと、新聞のでっちあげで
監督の悪口を言ったということだけの理由
トレセゲの落選はアンリと相性が良くないと言う理由です。
次回はオランダ・スペイン躍進について説明する予定です
その低迷についてについて説明します。
<フランス代表>
フランス代表の低迷は、やはりゲームメーカーの不在と中盤のフィルター不足
最終ラインの不安定さと選手選択ミスが挙げられます。
まずゲームメーカー不在については、ジダンが引退しその後をリベリーが継ぐ形で
収まったかのように思えた、しかしこれについては予選の段階から予想がついた。
リベリーは中央よりもサイドで生きるタイプ、C・ロナウドのようなウィングタイプであって
ゲームメーカーではない、つまりイタリア代表ピルロのように、中盤でタメを作って
スルーとかロングフィードをするタイプではなく
自ら切れ込み、マークを引きつれボールを渡すタイプ、一方フランス代表のFW
アンリとアネルカはスペースに走りこむタイプ、ゴミスとベンゼマはクロスを待つタイプ
オランダ戦のアンリのゴールを見ればわかるが、アンリは前方にスペースがあって生きるタイプ
だからサニョルからの低いクロスを完璧に決めた、あれこそアンリの得意パターン!
アーセナル時代はあれで得点を稼いでいた。
つまりジズー(ジダンの愛称)は中盤でタメも作れ、自ら切れ込むことも出来る万能型だった
ゆえにフランス代表は98年と2000年のEUROを制覇できた。
では、最もジズーに近いのは?マルセイユのナスリ しかし国際経験に乏しく
大舞台でその能力を100%発揮するには役不足だった。
しかもイタリア戦では投入後即交代とか不可解な采配に振り回された。
中盤のフィルター不足については、最も適役のビエイラがケガで全試合欠場
マケレレは潰し屋であって、つなぎ役としてのプレーは出来ず、唯一そのプレーが出来るのは
アーセナルからミランに移籍が決定したフラミニである、しかしビエイラがケガで絶望的にも
関わらず、ドメネクは回復を待った、そのおかげで中盤がスカスカ
最終ラインの不安定、ガラスの出来栄えはまずまずだったが、テュラムとアビダルの出来が最悪
これはバルサでのプレーを見ればすぐにわかるはず、テュラムは全盛期ほどのスピードもなく
振り切られることが多々あった、更には判断力も1テンポ遅いため、再三FWの進入を
許した、特に圧巻だったのがオランダ戦後半の2点目、3点目
ロッベンのスピードについていけず、きれいなクロスを上げられ、3点目は体を入れるのが
1テンポ遅れた、判断力の遅さが招いた失点、これを見抜けなかった
アビダルもリヨン時代よりカバーリングが遅く、また不容易なタックルがリーグでもしばしば
更に守護神クペの出来も最悪、マルセイユのマンダンダやフィオレンティーナのフレイを
使った方がまだマシだった、クペはケガで3月に復帰したばかりで感覚も
判断速度も著しく低下していた。
最後にドメネク監督における選手選択ミス、アンリはまあしょうがないとしても
アネルカはわからない、アネルカ自身はアンリとタイプが重なる
しかもチェルシーに移籍したが、わずかに1得点だけ、しかもCL決勝でPKを
読まれるなど、バイオリズムはどん底、ならばセリエA得点王のトレセゲや
ウィンガーのジュリーもいたのに選択しなかった、また選手交代も後手後手に
回るなど、最後まで流れを読めなかった、全ては監督の責任でしょう
優勝を期待していた協会にとってはショックでしょう、成績も得点も勝ち点も1と言う
最悪な結果、ドメネクをこれ以上引っ張ってもしょうがない、ここはスッパリ諦め
デシャンを新監督に据え、W杯制覇に向けて動いた方が未来は明るいと思う。
最後に裏話で、ジュリーの落選は占いの相性が悪いと言うのと、新聞のでっちあげで
監督の悪口を言ったということだけの理由
トレセゲの落選はアンリと相性が良くないと言う理由です。
次回はオランダ・スペイン躍進について説明する予定です


