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欧州チャンピオンズリーグファイナル
欧州チャンピオンズレーグ決勝が行われまして、マンチェスター・Uが9年ぶり
3度目の欧州制覇を遂げました。
ユナイテッドが初めて欧州のトップに立った時、そこには北アイルランド代表
ジョージ・ベストがいた、彼がユナイテッドを牽引し見事にユナイテッドを欧州王者に導いた
しかしユナイテッドは国内でもそこから大不振に陥り、リーグ優勝を再び勝ち取ったのが
92−93シーズン、つまりファーガソンが就任してから6年を、その前の優勝から26年を
費やしようやくである。
そして欧州王者に再び返り咲くまでは、31年を費やしている。
それほど欧州の壁は厚く、高いものであった。
2度目の優勝は今でも語り継がれる、カンプ・ノウの奇跡と呼ばれるあの98−99シーズン
相手はドイツの強豪バイエルン・ミュンヘン
前半に先制されたユナイテッドだが、それでも反撃に応じてはいたが、ことごとく
当時のキャプテン ローター・マテウス率いるディフェンスに弾き返され、後半ロスタイム
誰もがバイエルンの優勝を信じて疑わなかったロスタイムに奇跡は起きた。
ロスタイムは5分あったが、そのロスタイム突入後まもなく、右からのCk
ベッカムがけったボールはディフェンスとGKの間に落ちる、バイエルンのディフェンスがクリア
しようとした瞬間、そこに待っていたのが当時背番号10をつけていた
テディ・シェリンガム、テディが混戦の中押し込み同点、そしてまたもやCKで
これまた混戦の中、元ノルウェー代表スールシャールが押し込み
ロスタイムでひっくり返し逆転優勝を遂げた、そして今年
史上初のイングランド勢同士の対戦となった決勝は、前半から見ごたえに溢れる展開となった。
キックオフ直後はスローペースだったが、まずは“赤い悪魔”(マンUの愛称)が相手ゴールに迫る。
C・ロナウドは、左サイドでエッシェンと好勝負を繰り広げていた。前半26分には、右サイドの
ブラウンからのクロスにC・ロナウドが見事なヘディングで合わせ、マンUが先制点を奪った。
GKツェフはどうすることもできなかった。
前半34分にはチェルシーに同点ゴールのチャンス。ドログバが頭で落としたボールに
R・ファーディナンドの対応が遅れ、バラックが頭で飛び込む。決まったかに見えたが、
GKファン・デル・サールが奇跡的にはじいてコーナーキックに逃れた。
モスクワのルジニキ・スタジアムは大いに沸き上がっていた。ピンチをしのいだマンUは反撃に
転じる。
まずはC・ロナウドのクロスからテベス、続いてキャリックがチャンスを迎えたが、チェフが見事な
セーブでゴールを守った。前半終了間際には、ランパードがいい位置でFKを獲得し、
ファーディナンドにイエローカード。ペナルティーエリアすぐ外からバラックが蹴ったFKは、
正確性を欠きゴールの上を越えた。前半はそのまま終了かと思われたが、ミドルシュートの
こぼれ球をラッキーな形で拾ったランパードのシュートが、ファン・デル・サールを破って1−1の同点
ゴールとなる。ランパードは先日亡くなった母親にゴールをささげた。
後半は、チェルシーがより積極的な戦いぶりを見せ、ドログバも調子を上げてきた。58分には、
ドログバがゴール前でチャンスを迎えたが決まらず。続いてのコーナーキックも、あと少しのところで
ゴールにつなげることができなかった。それでもチェルシーの勢いは止まらない。1分後には、
バラックが25メートルの距離から放った強烈なシュートが、わずかにゴール横にそれた。
その後もチェルシーの攻撃は続き、ドログバがマンUの守備陣を脅かし続ける。マンUは、
なかなか前へ出ていくことができなかった。チェルシーは何本ものミドルシュートを放っていたが、
そのすべてが相手DF陣にはじき出されていた。78分にはドログバに決定的なチャンス。
鮮やかな個人技から右足で放ったシュートは、ゴールポストを直撃した。
マンUは何とかチェルシーを自陣から遠ざけようとしていたが、チェルシーのゴールを狙うことが
できるのはC・ロナウド1人だけだった。90分を迎えてもスコアは1−1。試合は延長戦へと突入した。
チェルシーのグラント監督はようやく動き、マルーダに代えてカルー(93分)、ジョー・コールに代えて
アネルカ(99分)を投入。一方のファーガソン監督は、87分にポール・スコールズを下げて
ライアン・ギグス、102分にルーニーを下げてナニを送り出した。なお、モスクワのピッチに立った
ギグスは、マンUでの試合出場数が759試合となり、1973年にB・チャールトンが記録していた
758試合を上回り、クラブ史上最多の試合に出場した選手となった。
延長前半の10分には、そのギグスがエブラからのラストパスを受けてゴールを狙う。
ツェフはゴール前を離れており、ボールはゴールラインを割るかに見えたが、ジョン・テリーが
ヘディングで見事にクリアして難を逃れた。マンUが攻撃に転じる一方で、チェルシーも94分に
ランパードが決定的なチャンスを迎えていた。ペナルティーエリア内で反転したランパードの
シュートはクロスバーをたたき、はね返ったボールにジョー・コールが飛び込んだが、絶好の位置から
のシュートはゴールの上を越えて行った。
延長の前半は盛り上がったが、後半は低調。雨の降り続く中、両チームには明らかに疲れと
恐怖心の影響が表れ始めた。唯一のチャンスはドログバのFK(112分)だったが、これも決まらず。
116分には、そのドログバが退場処分となってしまった。テベスとエブラの口論にビディッチが
割って入り、そこに駆け付けたドログバは、ビディッチの顔面を手でたたくという愚かな行為を
犯してしまった。ミヘル主審はドログバにレッドカード、テベスにもイエローカードを提示。
議論の余地の残る判定ではあったが、移籍が9割方確実視されているドログバは、最悪の形で
チェルシーに別れを告げることになりそうだ。
延長戦は事実上、この事件の時点で終了。124分にはPK要員としてベレッチ(マケレレと交代)と
アンデルソン(ブラウンと交代)が投入され、今年のCL優勝チームは11メートルからの争いで
決着することになった。
まずは、テベスが低く正確なシュートをチェフの左に決めて成功。バラックも同じようなシュートで
続いた。マンUは2人目のキャリックも決めて2−1。ベレッチもファン・デル・サールに
惑わされることなくシュートを決め、2−2とした。3人目はC・ロナウド。いつものように
いったん動きを止めたあとシュートを放ったが、チェフの見事なセーブに阻まれてしまった。
チェルシーはランパードが決めて3−2でリード。しかし、マンU4人目のハーグリーブスが、
完壁なシュートを決めたことが大きかった。A・コールのシュートには、ファン・デル・サールが
わずかに届かず4−3。ナニのシュートがチェフを破って4−4。
キャプテンのジョン・テリーのシュートがチェルシーの優勝を決めるはずだったが、テリーは
EURO(欧州選手権)2004でのベッカムのように足を滑らせてしまい、ボールはポストの外へと
それて行った。
6人目はアンデルソンとカルーが決めて5−5。ギグスが堂々と決めて6−5とした後、
順番の回ってきたアネルカの表情はさえなかった。1996年にローマで行われた決勝戦でも、
ユベントスとのPK戦を経験していたファン・デル・サールは、アネルカのシュートを見事に
止めてみせる。これで、マンUの優勝が決定。1968年、1999年に続いて、
クラブ史上3度目の欧州制覇を成し遂げた。そして良くも悪くも、C・ロナウドは主役だった。
3度目の欧州制覇を遂げました。
ユナイテッドが初めて欧州のトップに立った時、そこには北アイルランド代表
ジョージ・ベストがいた、彼がユナイテッドを牽引し見事にユナイテッドを欧州王者に導いた
しかしユナイテッドは国内でもそこから大不振に陥り、リーグ優勝を再び勝ち取ったのが
92−93シーズン、つまりファーガソンが就任してから6年を、その前の優勝から26年を
費やしようやくである。
そして欧州王者に再び返り咲くまでは、31年を費やしている。
それほど欧州の壁は厚く、高いものであった。
2度目の優勝は今でも語り継がれる、カンプ・ノウの奇跡と呼ばれるあの98−99シーズン
相手はドイツの強豪バイエルン・ミュンヘン
前半に先制されたユナイテッドだが、それでも反撃に応じてはいたが、ことごとく
当時のキャプテン ローター・マテウス率いるディフェンスに弾き返され、後半ロスタイム
誰もがバイエルンの優勝を信じて疑わなかったロスタイムに奇跡は起きた。
ロスタイムは5分あったが、そのロスタイム突入後まもなく、右からのCk
ベッカムがけったボールはディフェンスとGKの間に落ちる、バイエルンのディフェンスがクリア
しようとした瞬間、そこに待っていたのが当時背番号10をつけていた
テディ・シェリンガム、テディが混戦の中押し込み同点、そしてまたもやCKで
これまた混戦の中、元ノルウェー代表スールシャールが押し込み
ロスタイムでひっくり返し逆転優勝を遂げた、そして今年
史上初のイングランド勢同士の対戦となった決勝は、前半から見ごたえに溢れる展開となった。
キックオフ直後はスローペースだったが、まずは“赤い悪魔”(マンUの愛称)が相手ゴールに迫る。
C・ロナウドは、左サイドでエッシェンと好勝負を繰り広げていた。前半26分には、右サイドの
ブラウンからのクロスにC・ロナウドが見事なヘディングで合わせ、マンUが先制点を奪った。
GKツェフはどうすることもできなかった。
前半34分にはチェルシーに同点ゴールのチャンス。ドログバが頭で落としたボールに
R・ファーディナンドの対応が遅れ、バラックが頭で飛び込む。決まったかに見えたが、
GKファン・デル・サールが奇跡的にはじいてコーナーキックに逃れた。
モスクワのルジニキ・スタジアムは大いに沸き上がっていた。ピンチをしのいだマンUは反撃に
転じる。
まずはC・ロナウドのクロスからテベス、続いてキャリックがチャンスを迎えたが、チェフが見事な
セーブでゴールを守った。前半終了間際には、ランパードがいい位置でFKを獲得し、
ファーディナンドにイエローカード。ペナルティーエリアすぐ外からバラックが蹴ったFKは、
正確性を欠きゴールの上を越えた。前半はそのまま終了かと思われたが、ミドルシュートの
こぼれ球をラッキーな形で拾ったランパードのシュートが、ファン・デル・サールを破って1−1の同点
ゴールとなる。ランパードは先日亡くなった母親にゴールをささげた。
後半は、チェルシーがより積極的な戦いぶりを見せ、ドログバも調子を上げてきた。58分には、
ドログバがゴール前でチャンスを迎えたが決まらず。続いてのコーナーキックも、あと少しのところで
ゴールにつなげることができなかった。それでもチェルシーの勢いは止まらない。1分後には、
バラックが25メートルの距離から放った強烈なシュートが、わずかにゴール横にそれた。
その後もチェルシーの攻撃は続き、ドログバがマンUの守備陣を脅かし続ける。マンUは、
なかなか前へ出ていくことができなかった。チェルシーは何本ものミドルシュートを放っていたが、
そのすべてが相手DF陣にはじき出されていた。78分にはドログバに決定的なチャンス。
鮮やかな個人技から右足で放ったシュートは、ゴールポストを直撃した。
マンUは何とかチェルシーを自陣から遠ざけようとしていたが、チェルシーのゴールを狙うことが
できるのはC・ロナウド1人だけだった。90分を迎えてもスコアは1−1。試合は延長戦へと突入した。
チェルシーのグラント監督はようやく動き、マルーダに代えてカルー(93分)、ジョー・コールに代えて
アネルカ(99分)を投入。一方のファーガソン監督は、87分にポール・スコールズを下げて
ライアン・ギグス、102分にルーニーを下げてナニを送り出した。なお、モスクワのピッチに立った
ギグスは、マンUでの試合出場数が759試合となり、1973年にB・チャールトンが記録していた
758試合を上回り、クラブ史上最多の試合に出場した選手となった。
延長前半の10分には、そのギグスがエブラからのラストパスを受けてゴールを狙う。
ツェフはゴール前を離れており、ボールはゴールラインを割るかに見えたが、ジョン・テリーが
ヘディングで見事にクリアして難を逃れた。マンUが攻撃に転じる一方で、チェルシーも94分に
ランパードが決定的なチャンスを迎えていた。ペナルティーエリア内で反転したランパードの
シュートはクロスバーをたたき、はね返ったボールにジョー・コールが飛び込んだが、絶好の位置から
のシュートはゴールの上を越えて行った。
延長の前半は盛り上がったが、後半は低調。雨の降り続く中、両チームには明らかに疲れと
恐怖心の影響が表れ始めた。唯一のチャンスはドログバのFK(112分)だったが、これも決まらず。
116分には、そのドログバが退場処分となってしまった。テベスとエブラの口論にビディッチが
割って入り、そこに駆け付けたドログバは、ビディッチの顔面を手でたたくという愚かな行為を
犯してしまった。ミヘル主審はドログバにレッドカード、テベスにもイエローカードを提示。
議論の余地の残る判定ではあったが、移籍が9割方確実視されているドログバは、最悪の形で
チェルシーに別れを告げることになりそうだ。
延長戦は事実上、この事件の時点で終了。124分にはPK要員としてベレッチ(マケレレと交代)と
アンデルソン(ブラウンと交代)が投入され、今年のCL優勝チームは11メートルからの争いで
決着することになった。
まずは、テベスが低く正確なシュートをチェフの左に決めて成功。バラックも同じようなシュートで
続いた。マンUは2人目のキャリックも決めて2−1。ベレッチもファン・デル・サールに
惑わされることなくシュートを決め、2−2とした。3人目はC・ロナウド。いつものように
いったん動きを止めたあとシュートを放ったが、チェフの見事なセーブに阻まれてしまった。
チェルシーはランパードが決めて3−2でリード。しかし、マンU4人目のハーグリーブスが、
完壁なシュートを決めたことが大きかった。A・コールのシュートには、ファン・デル・サールが
わずかに届かず4−3。ナニのシュートがチェフを破って4−4。
キャプテンのジョン・テリーのシュートがチェルシーの優勝を決めるはずだったが、テリーは
EURO(欧州選手権)2004でのベッカムのように足を滑らせてしまい、ボールはポストの外へと
それて行った。
6人目はアンデルソンとカルーが決めて5−5。ギグスが堂々と決めて6−5とした後、
順番の回ってきたアネルカの表情はさえなかった。1996年にローマで行われた決勝戦でも、
ユベントスとのPK戦を経験していたファン・デル・サールは、アネルカのシュートを見事に
止めてみせる。これで、マンUの優勝が決定。1968年、1999年に続いて、
クラブ史上3度目の欧州制覇を成し遂げた。そして良くも悪くも、C・ロナウドは主役だった。
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